藤田 覚 『田沼意次−御不審を蒙ること…』


藤田 覚 『田沼意次−御不審を蒙ること…』(ミネルヴァ書房/2800円)読了。


田沼意次と言えば、賄賂政治家として悪評が高いというのが、おおかたの日本人の基礎知識であろう。中学校や高校でそのように習ってきていたし、かつては私自身もそのように教えてきた。田沼とその後の政治の実権を握った松平定信を、かたや悪徳政治家、かたや清廉潔白な政治家と対比させて語られることも多い。ところが、そのイメージは田沼を失脚させた定信らが意図的に流したもので、賄賂そのものは当時としてはさほど珍しいことではなかったらしい。ドラマの中の話だが、「剣客商売」に登場する田沼意次平幹二郎が演ずる)は、清廉な大政治家の風格が表れている。


私も授業においては、田沼は重商主義的な政策をとった開明的な政治家として紹介している。逆に松平定信については、時代の風潮に逆らって、重農主義に戻そうとした反動的な政治家として扱い、二人を対比させる授業を展開している。意次は財政難の幕府を立て直すために、蝦夷地の開発を企画するだけでなく、さらに北方のロシアとの通商をも計画していたとのこと。となると、およそ180年以上国是とされていた鎖国政策をも転換させる積極果断な政治家である。


得意の絶頂にあった彼も、天災(浅間山の噴火およびそれに伴う飢饉)、嫡男であり彼の後継者として若年寄という重職に就いていた意知の暗殺、さらに彼の権力の源泉であった10代将軍家治の死が一気に重なって、没落する。すると、彼にすり寄って姻戚、縁戚関係を結んでいた者たちが、たちまち、彼の一族や縁のある者たちを離縁、義絶したというから、薄情なものである。


書は彼の素顔と没落の背景を丁寧に解明して閉じている。当時、権勢を誇ったはずの意次だが、「またうど」(正直者)と称され、「そげもの」(変わり者)を嫌い、自分の権勢に奢らず、家臣に対しても心配りをする、慇懃で丁寧な人物であったいう人物評は新鮮であった。